2006年02月26日
映画「わたしの季節」と小林茂監督-3
実は、映画「わたしの季節」の前に「夜明け前の子どもたち」という映画がある。
最初の映画は、びわこ学園創始者の糸賀一雄氏の「この子らを世の光に」という理念と人間観の元に療育実践の記録映画として作られたもの。
ちなみにこの「この子らを世の光に」という理念は、障がいを持つ子どもたちに対して「この子らに世の光を」という慈善的で施し感覚の意味ではなく、「この子ら」が世の中で一番キラキラと輝いて生き生きと生きる姿が関わる皆にとって光になるようにと願って生まれたものだそうだ。
また、この理念はどんな重い障がいを持って生まれてきても、一人の人間として本当に尊ばれる社会、時代を創ってゆきたいという切なる願いの言魂でもある。
またそれがこの「びわこ学園」の存在意義であり、そこで働く医師や看護士、児童指導員や、施設職員の働くモチベーションとなっていった歩みがあった。その際に創られた映画だけに当時、福祉職や医療に携わる人々にとって、相当な影響を及ぼしたと聞く。
その当時の子ども達の数人は、この「わたしの季節」にも登場しているが、今では全員、40-50代の白髪交じりのおじさん、おばさんとなっている。
その映画の後に作る訳だから、思い入れがあればあるほどに、単なる記録映画では終わらすことが出来ないこだわりが生まれても仕方がないと思う。
小林監督は「カメラを回しながら考えるしかない」と撮影開始を予定していた2002年5月、脳梗塞で倒れ、ようやく再起し同年10月にクランクインが出来たそうである。まさに、命がけの仕事。そのとき友人であり、この映画制作委員会を担った江口和憲さんも肝臓に重い病気を持っての同行の道行きで、2004年10月の試写会を見終えたあと、江口和憲さんは同月12日に急逝という、もうひとつの哀しく切ない物語が生まれていた。
この映画に戸次公明くんのご実家のお寺で作品展をしているときに登場している職員が江口さんその方。私は、そのことも知らずに2005年1月、野洲市での上映会に行って、昔、お世話になったその江口和憲さんと小林茂監督に会いに行ったのだが、小林茂監督さんの舞台挨拶の時に、2カ月前に亡くなられていたと聞き、茫然としてこの映画を見たものだから、懐かしいやら辛いやら、切ないやらの一時間半だった。
死にゆく人を季節は待ってくれない……
小林茂監督は、それ以上の悔しさを背負って、この映画の完成に向かったのだろうと思う。
全国で上映会が都度都度もたれている。海外でも上映されるらしい。ぜひ見て欲しい。
(終わり)
追記
本当に不思議なことだけど、今日、その江口和憲さんの追想集「不知火のうみへ」が
奥さんから送られてきた。読んだら懐かしいのと寂しいのと思い出があふれ出してきた。
稿を改めて、江口和憲さんのことに触れてみたい。
「チョコラ!」いよいよ公開!
「空腹を忘れるために(仮題)」完成前フィルム上映と講演
『空腹を忘れるために(仮題)』…監督 小林 茂
映画「空腹を忘れるために」(仮題)製作に向けて
必見の映画「家の鍵」
映画「わたしの季節」と小林茂監督-2
「空腹を忘れるために(仮題)」完成前フィルム上映と講演
『空腹を忘れるために(仮題)』…監督 小林 茂
映画「空腹を忘れるために」(仮題)製作に向けて
必見の映画「家の鍵」
映画「わたしの季節」と小林茂監督-2
Posted by ponta at 01:42│Comments(3)
│映画
この記事へのコメント
「わたしの季節」監督の小林茂です。映画のの項をおこしてくださいまして、大変ありがとうございます。
映画へのコメントうれしく拝読いたしました。
すこしづづ、映画がひろがってくれることを
願っています。
江口さんにも、たくさんの人たちとともに、もう一度映画をみてもらいたかった。
映画へのコメントうれしく拝読いたしました。
すこしづづ、映画がひろがってくれることを
願っています。
江口さんにも、たくさんの人たちとともに、もう一度映画をみてもらいたかった。
Posted by 小林茂 at 2006年02月27日 00:01
うえのコメント本物の小林監督のコメントですか?すごい!
Posted by bzx at 2006年02月27日 00:23
早速、ご本人にお礼とご挨拶のメールを送っておきました。黙っていたのに、意外と早く見つかるものですね。
Posted by PONTA at 2006年02月27日 00:42
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。